思えば遠くへ来たもんだ

AIが浸透した時、アートの人生に占める割合が増えると言われる時代。アート産業で仕事がしたい演劇男子サラリーマンの日記。

「アートと社会」を読んで【1】

森美術館の館長南條さんのインタビュー記事をNewsPicksで読んで

南條さんのように「ビジネスサイド」と「アート」の両面に関して

見識のある方々ってかっこいいなと思っております。

いつか自分も領域横断で働きたい。

 

www.mugendai-web.jp

 

そこで、南條さんが編著で名を連ねていらっしゃる

「アートと社会」という本を読んでみました。

これが面白い面白い。

https://www.amazon.co.jp/dp/4487809991

 

本は、2010年から2014年度まで慶応義塾大学で寄附講座として開講された

「アートと社会」という講座の内容をかいつまんで書籍化されたもので

内容は、マクロな視点で演劇産業を捉えたり

歴史的な視点で絵画の「大きさ」を捉えたり、他にも

メディアアート戦争画、建築の再解釈、など多岐にわたっていて

アートのことをたんまり知れる、お腹いっぱい本になっているなと感じます。

 

特に印象的だった文章がいくつかあるのですが、

1個まずは紹介してみようと思います。

 

テクノロジーとアート

〜1990年代末ころの日本のメディア・アート状況から、現在へ〜

 

NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)の主任学芸員

畠中実さんが担当された回です。

 

そもそもメディア・アートって最近よく聞くけれど、

それってどんなアートのことを言うんだっけ、ということを

まずは歴史とともに紐解いてくださっています。

 

 ※ざっくり解釈したことで言うと

 

 ・テクノロジーアートと、メディアアートの2つある。

 ・テクノロジー・アートは、1960年代〜1970年代、

  日本の高度経済成長後期から、大阪万博くらいまでの間で発展。

  人の手仕事的なアートの衰退につながるものとして、

  アートの主流としての評価は得られなかった。

 ・メディア・アートは、1980年代以降、

  コンピュータグラフィックスなどの隆興とともに発展して、

  表現における技術偏重さが否定的に捉えられて、

  同様に当時は主流とは認められずらかった。そうな。

 

そして、この章で最も印象に残った部分は

現在、メディアアートが当時と違い、アートの主流の1つとして認められつつある

状況も踏まえた上で、以下のように書かれているところです。

 

"これまでの「テクノロジー・アート」が、新奇性という側面でしか語りえず、

時代の徒花(※むだばな)的な見え方しかしていなかった時代を抜け出て、

よりテクノロジーを使うことが一般的になった現在、

ようやくそこで使用されているテクノロジーへの

回顧的な視線が現れているとも言える。

それは、テクノロジーを使った作品が、その新奇性によってのみ制作され、

注目され、そして、時間をかけて鑑みられることのないまま、

また新しいメディアへと移行してしまうというこれまでのサイクルから脱して、

よりテクノロジーが一般化した後のパースペクティヴを描く作業が

求められているということでもある。"

 

 

つまり、いよいよ主流になった今、

30年前と同じように、ある意味一過性のものとして捉えられないように

メディアアートは何であるか、何と捉えるか、

逆に、メディアアート側が、社会をどう切り取り、どんな世界観を有するか

示していくことが必要なのでは?と問いかけていらっしゃるのかと思います。

 

 

あ、でも、一方で、そんな小難しい問いかけに応える義務、

なんというか「お兄ちゃんなんだからね?」とか「そろそろ横綱相撲しなきゃね?」

みたいな問いかけに応える必要があるのか、というのはわからないのですが、

メディアアートって、こうだよね」という共通言語ができるのは

面白いなと思います。

 

その面白いの理由、というか、面白いと思う目的は

一緒にメディアアートについて、メディアアートと社会について

あーでもないこーでもない、と周囲の人と話す時間を楽しむことが

できるようになるからかなと感じます。

 

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